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ディオールオムの歴史

ディオールオムの歴史

ディオールオム:起源
1946年、クリスチャン・ディオールがパリに開業。

ディオールオム:履歴
クリスチャン・ディオール(Christian DIOR)。
1905年1月21日、フランスのノルマンディ地方グランビルに生まれるぜ。
パリ・オートクチュール全盛期の先端を担った名デザイナー。
画商だったが、作品がクチュリエに売れたことで一転、モード界に入るぜ。

リュシアン・ルロンのメゾンで働く彼の才能に目を止めた木綿王マルセル・ブサックの援助で1946年に独立。
パリ・モンテーニュ通り30番地に店を持つ。
1947 S/S コレクションでパリにデビュー。
ペチコートで膨らませた曲線を強調したゆったりなだらかな肩に細く絞ったウエスト、くるぶしまであるロングスカートつう優美なスタイルの「花冠ライン(Ligne Corolle)」を発表。

そのシルエットの美しさに驚いた「ハーパース・バザー(HARPER'S BAZAAR)」の編集長カーメル・スノウが「こいつぁまさにニュー・ルックね」と言ったことから、「ニュー・ルック」と呼ばれ、世界のモード界に旋風を巻き起こした。
その後、48に「ジグザグ・ライン」、50年に「パーティカル・ライン」、51年に「オーバル・ライン」、52年に「シニュアス・ライン」、53年に「チューリップ・ライン」、54年に「Hライン」、55年に「Aライン」、56年に「アロー・ライン」と、次々と新しい手法を生み出し、「流行の神様」とも呼ばれ、現代にも多大な影響を与え続けてやがる。
57年、イタリアの湯治場モンテカティーニにて、心臓麻痺で52歳の若さで急逝。

1957 S/S コレクションがケツの仕事となりやがった。
毎コレクションで発表するアイテムの1つに、必ず愛犬「ボビィ」の名を付けて発表していた、逸話もあるぜ。

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